「いい塩梅」を考えてみる

 

みなさんは、「ついつい完璧を求めてしまう」「失敗が怖い」「怒られたら終わり」「何でも0か100かで考えてしまう」などと考えてしまうことはありませんか?

白か黒か、イエスかノーか、成功か失敗か。そんな二極的な考え方に縛られて、苦しんだり、悩んだりしていませんか?

私もよくそういう考えに囚われていました。もし一つでも当てはまるものがあったら、ちょっとだけ考えてみてください。

 

世の中のほとんどのことは、0か100かでは割り切れない、もっと複雑で多様なものです。

グラデーションのような色合いのものと言ったらよいでしょうか。

そして、その曖昧さの中にこそ、生きやすさのヒントが隠されていると思います。

 

「完璧」を求めすぎると…疲れる!

たとえば、勉強や仕事で「完璧な結果を出さなきゃ」と意気込むのは素晴らしいことですし、そう努力することはよいとおもいます。

でも、完璧を目指しすぎると、ちょっとしたミスも許せなくなり、常に緊張状態が続いてしまいます。

心も体もクタクタになってしまうことも少なくないし、結果的に「失敗」と自分が認定したり、周囲から認められなかったりしたら、ダメージが大きくのしかかってきます。

人間は、基本的に完璧な存在ではないと思います。失敗することもあるし、思うようにいかないこともたくさんあります。むしろ、失敗したら、なぜ失敗したかを学んだり、次はどうしたらよいか考えたり、立ち直る過程こそが、成長させてくれると生きながら実感しています。

完璧主義は、時と場合によっては「チャレンジする勇気」や「楽しむ心」を奪い、自分にブレーキをかける要因になることが多いと思っています。

 

「そこそこでいい」の「そこそこ」が実は奥深い

そこで、本当にやりたいことや進みたい方向があるのにブレーキを踏んでしまう方に、「いい塩梅(あんばい)」で生きる、ということを試してみてもらいたいです。

「いい塩梅」とは、「ちょうどいい加減」「ほどよいバランス」のこと。決して「テキトーでいい」ということではありません。物事には、その時々の状況や目的に応じて最適な「良い加減」があります。料理に例えるなら、塩を入れすぎても、少なすぎても美味しくないように、ちょうど良い量があるのと同じ感じです。

たとえば、

  • 人間関係:「嫌われたくないから」と相手に合わせてばかりでは疲弊しますし、「自分の意見しか言わない」では結果的に孤立してしまうでしょう。相手を尊重しつつ、自分の意見も伝える「いい塩梅」が大切です。
  • 自分の目標:「絶対に成功する!」と気負いすぎるのではなく、「間違えたり失敗したら…」と不安になりすぎるのではなく、「できる範囲でベストを尽くそう」と考えることで、プレッシャーやネガティブ思考から解放されて、素直にエネルギーを出すことができます。

肩の力を抜いて、柔軟に生きてみよう

「いい塩梅」で生きるということは、肩の力を抜いて、もっと柔軟に物事を捉えるということです。

  1. 「~であるべき」を手放してみる:自分を縛っている固定観念や理想を少し緩めてみましょう。「こうあるべきだ」という思い込みや「普通はこう」という曖昧な価値基準が、あなたを苦しめているかもしれません。
  2. 「まぁ、いっか」の精神を持つ:完璧でなくても、80点でも、60点でも、それで十分なことはたくさんあります。時には「まぁ、いっか」と自分を許してあげることが大切です。
  3. グラデーションを意識する:白か黒かだけでなく、その間に広がる無限のグラデーションに目を向けてみましょう。完璧でなくても、一歩進めたらそれは立派な進歩です。

もし今、あなたが0か100かの考え方で苦しんでいるなら、ほんの少しだけでいいので、その両極の間にある「いい塩梅」を探してみてはいかがでしょうか。そうすることで、心にゆとりが生まれ、毎日がもっとラクに、もっと楽しくなるかもしれませんよ~。ぜひ試してみてくださいね!